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<description> （24時間おきに更新中）</description>
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<title>わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫 イ 1-6)</title>
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<description> この物語の特異な輪郭が見えて来たとき、
つき合う価値があるかなという不安がアタマをよぎった。

作者の勝手な空想につき合わされ、
ぐるぐる引き回されて、最後は元の場所、というような。

活字好きな...</description>
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<![CDATA[
 この物語の特異な輪郭が見えて来たとき、
つき合う価値があるかなという不安がアタマをよぎった。

作者の勝手な空想につき合わされ、
ぐるぐる引き回されて、最後は元の場所、というような。

活字好きな僕は別にそれでもよかった、本が読めれば。
でも読んだあと何も残らない
というような読書体験はできれば避けたい。

果たしてそれは杞憂だった。

特異な設定の主人公と共に遠くまで旅をした。
その主人公の切実さに共感した。
自分自身の切実さに通じていると錯覚（？）すらさせられた

不安を燃料にした車に揺られ、うとうとと夢を見ながらずいぶん遠くまで来た。
多分ノーフォークあたりまで・・・。

今、本を閉じ、車は僕を乗せずに行ってしまった。
でも、今も、同じ車に乗っているような感覚が拭えない。

少し遠くまで来すぎたみたいだ。
一人の帰り道は長くて寂しいものになりそうだ。読み進むにつれて、ふいに伝わってくる暗く嫌な予感。描かれる若者たちの真の姿が分かった時に襲ってくる、ガーンと鈍器で殴られたかのような衝撃。読み終わってしばらくしても、死体でも見てしまったような、嫌悪を伴う不思議な感覚が離れませんでした。
何となく予感していたけれど、よくもこんな場所に連れてきて、こんなものを見せてくれたな、と著者を呪いたくなったぐらいです。笑）

小説の特殊なプロットから言うと、なるほど様式には、SF、ミステリーの要素はありますが、その特殊なプロット＝世の中を眺める窓枠、が覗かせてくれるのは、「わたし」や「あなた」も含めた、ごくごく普通の人間の生命そのものの意味ともいうべき、根源的、普遍的な主題です。なので、この小説をSFに限らず何かのジャンルに分類して語ることは、余りふさわしくないかもしれません。（もし、そのせいで読むチャンスを逃す人がいるならば。）

「日の名残り」も彼の傑作には違いありませんが、自分にとってはこの作品の方が衝撃であり、大切な作品になりました。?800円になって、しかも軽くなったのなら、お買い求めにならない理由はありません。特殊な状況にある主人公たちについてはすぐにラストが予想され、その範囲内で物語は終わった。静かで、訥々と物語る一人称の文体が印象に残る。最後まで一気に読んだが、これはやはり純文学なんだろうな。奇妙な設定にする必要があったのかなぁと、ちょっ不完全燃焼な読後感でした。 そもそも「提供」とは？
 誰が、一体何を、どのようにして「提供」するのか？

 ロスト・コーナーとは？ 忘れられた土地？ 寮の４階にある遺失物保管所って一体？
 イギリス･ノ−フォークには何があるのか？

 "教わっているようで、教わっていないこと”とは何？
 「ポシブル」って？

 冒頭から、謎がなぞを生み、読者を変な世界に引き込むイシグロの領域。
 
 「ヘールシャム」には一体、何があったのか？
 単行本、この文庫本共通のカバーになっている"カセット・テープ”の秘密とは？

 種明かしはしたくてもできない、寧ろしないほうが絶対にいい、予備知識なく読んだほうが圧倒的に面白い。
 
 （実話をもとにしたのかどうか、イギリスってこんな国だったのかということ･････）

 読みながらぞわぞわと恐怖感を感じました。

キャシーが過去を懐古する形で物語が進みます。
「介護人っていったいなんなの？」という疑問は
キャシーの言葉から少しずつ想像できます。
想像すればするほど、「怖い」です。
不勉強なので実際に知りませんでしたし、
前提条件からして私には理解できない世界です。

そういう特殊な環境下でも、ごく普通に生活し、考え、育ったキャシーたち。
読み進むにつれ、切なくて悲しくなります。
何よりも、その「運命」を受け入れている彼らが怖いと思いました。
そんなの絶対におかしい、と思う私がいました。
迷信でも根拠が無くても、信じたくなるキャシーの気持ちが痛かった。

物語の終わりを知ってから読むとまた違うんでしょうか。
試してみたいと思っています。

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<item rdf:about="http://8bookshop.bestbook-shop.com/detail/02/4152087196.html">
<title>わたしを離さないで</title>
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<description>現実と異なった背景・道具を用意し、読者が作品と現実を重ね合わせるなかで、現実の中の普段気づかずにすごしていたり忘れようとしているものに直面させてくれます。背景・道具立ては「SF小説」的ですが、内容は...</description>
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<![CDATA[
現実と異なった背景・道具を用意し、読者が作品と現実を重ね合わせるなかで、現実の中の普段気づかずにすごしていたり忘れようとしているものに直面させてくれます。背景・道具立ては「SF小説」的ですが、内容は現実的です。
主人公の置かれている境遇は一見特に悲惨ではあるけれども、では、今まさにわれわれの置かれている境遇とどう違う？
子供のときの幸せや漠然と感じた恐怖、大人への不信感やあこがれ、はなんだったのか？
自分のなれるもの、できることが限られているとわかったときに、どう対峙すべきか？
読んだあとにいろいろと考えさせられました。
ただ、主人公の視線で語られてはいても、主人公の生き方に感動させられはするものの、著者の考えている事は主人公のたどった道を全面的に肯定しているのだろうか、とも思います。まず、この小説が何について書かれているかとか、どんな展開かとか、どんなトーンの物語だとか、
とにかく、なにも言いたくない、読み終わってそう思える小説だ。
なぜなら、私自身が先の展開が気になって仕方がなくて、
そのため一晩を挟んで足かけ二日で一気に読んでしまったのだから。
この作家の本を読むのは初めてで、本当のところ原書で読みたかったのだけど、
原書で読むのは時間がかかるので、読みやすくて字の大きい訳本のハードカバーにした。
だから、どんな文体なのかしらないのだけれど、これだけははっきり言える。
あっと息をのむようなスリリングな話の展開では決してないし、そんなイベントもおこらない。
でも、確かにぞっとするものを内包したなにか大きなミラーボールのようなものが、
同一中心をもつ一回り大きな和紙かなんかでできた球体に覆われていて、
ちろりちろりと洩れ出てくる光にいざなわれての一気読み、という読書体験でした。
読後にもあれこれ読者に想像の余地を残して置いてくれる本という印象。過酷な運命から逃げようとせず、受け入れながら生きる主人公たちの生き方が、
なぜか不自然には感じられません。
自分では動かしようのない、既成の制度や、階級のなかでとらわれて生きている私たち自身、
本当の意味で自由な存在ではないからかもしれません。

とはいえ、最後に全てを受け入れるように見えるキャシーの生き方が、
決して受動的な消極的なものではないところにこの小説のすごさがあります。
あきらめるのではなく、限りある生を、動かしがたい条件下であっても、
彼らが丁寧に愛しみながら自己を賭けて生きるさまが描かれているからでしょうか。
 そこにこの静謐で穏やかな小説のもつ、凄みのようなものがあるように思えます。
 
 最後の場面は、何度読み返しても、苦しいほどの感動を覚えます。
希望がなければ生きられないと思いがちですが、あらゆる希望を奪われたとしても、
ひょっとしたら幸福な記憶だけでも人は自分を支えつづけることができるのではないか、と考えさせられました。 激することのない、淡々としたキャシーの語り口からは、
抑えても抑えきれない感情がにじみ出ていて、
胸が締め付けられました。

彼らの置かれた環境は特殊ですが、物語のテーマは普遍のものでしょう。
愛する事とは、生きる事とは、己の使命とは何なのか。
私たちが必ず抱く疑問と、真摯に向き合っているのです。

キャシーが最後に選んだ道を、
恋人たちの誇りと勇気、その悲しいまでの気高さに、
ぼう然としながら本を閉じました。
圧巻です。



設定が特殊ですが、この本に表現されてるものはなぜか普遍的なものとして感じられました。
少年時代の思い出は大人になってその輝きが脆いものの上にあったと知ったときでも、それゆえにさらに輝かしく思えるものです。
思春期に夢中になっていたものや、悩んでいた人間関係を思い出し。何でこんなものに？とくすぐったくなる感じ。
現実を知っていたはずなのに、理解していなかったと気づく瞬間。
たとえば戦争や災害、病に直面したときの人間のある種のあっけらかんとした強さ。
彼らは我々の人生のある側面の象徴なのかもしれません。

死、生、倫理、こうしたテーマを宗教的色彩なく描くことは、死後に何も残らないことを知っている現代の我々にとっての生の価値を描くことなのでしょう。『日の名残り』『私たちが孤児だったころ』で高い評価を得た作家が送る、感動的な小説。心に残る友情と愛の物語の中で、世界と時間を巧みに再創造してみせる。  現在31歳のキャシーは、イギリスの美しい田園地方ヘールシャムの私立学校で、子ども時代を過ごした。そこでは子どもたちは外界から保護され、自分たちは特別な子どもで、自分たちの幸せは自身だけでなく、やがて一員となる社会にも、非常に重要だと教えられていた。キャシーはこの牧歌的な過去とはずいぶん昔に決別したが、ヘールシャム時代の友人二人と再会して、記憶に身をまかせることにする。  ルースとの交友が再燃し、思春期にトミーに熱を上げた思いが恋へと深まりはじめる中、キャシーはヘールシャムでの年月を思い返す。外界から隔絶された穏やかさと心地よさの中、少年少女がともに成長する幸せな場面を、彼女は描写する。だが、描写はそんな場面だけではない。ヘールシャルムの少年少女育成のうわべに隠れた、暗い秘密を示唆する不調和や誤解。過去を振り返ってはじめて、3人は自分たちの子ども時代と現在の生き方の真実が見え、それに対峙せざるを得なくなる。  『Never Let Me Go』は単純に見える物語だが、そこに徐々にあらわにされていくのは、驚くべき深さで共鳴する感情だ。カズオ・イシグロの最高作にあげられるだろう。
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<title>日の名残り (ハヤカワepi文庫)</title>
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<description> 英国ブッカー賞受賞作品で、評判が高く、一度読んでみようと思っていたところ、ハーバード大学のMBAの学生に一読を薦めているというので、ついに手にした。
 小説の楽しみ方、感じ方は人によってそれぞれで...</description>
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<![CDATA[
 英国ブッカー賞受賞作品で、評判が高く、一度読んでみようと思っていたところ、ハーバード大学のMBAの学生に一読を薦めているというので、ついに手にした。
 小説の楽しみ方、感じ方は人によってそれぞれで、多くのレビューにあるように、古き英国を伝える美しい文章に感じ入るもよし、登場人物たちの心の動きを楽しむもよしだと思うが、自分は一人語り調の文章があまり得意ではないので星を一つ減らしました。
 MBAの学生に大学が考えさせようとしたのは、主人公の「生き方」についてであろう。つまり、主人公の執事の立場を現代のビジネスマンにしたとして、仕事に対してある意味「美学」とも言えるほどの高いレベルの仕事をすることに心血をそそぎ、出会った人々の心の機微にも気づこうとせず、家族を持つこともせず、ただひたすら会社の社長を敬愛し、信じて働き続けてきたが、実は会社は国家の存亡も揺るがすようなことに加担しており、自分は長年その会社の実態に気がつかず、あるいは気づこうとせずに生きてきて、すべての事実に気がついたときには職業人生もそろそろ終盤を迎えようとしたら…。人生は失敗だろうか？
 人によっては失敗だと考えて、「仕事一筋にならないようにしよう」とか、あるいは「もっといろんなところに気づけるように能力を高めよう」と考えるかもしれない。
 私自身は厳しい事実に胸が苦しくなったが、最後の数ページで夕暮れの人々の楽しげな情景のなかで、主人公が旅を終え、前向きにお屋敷に戻っていこうとする場面に救われた。
 そう、どんな人生を送ってきたとしても人生に失敗はないのだと思う。よく本を読むのが早いといわれるのですが、
イシグロさんの本を読むときはじっくりじっくりです。
気持ちに余裕があるとき、
でも、ハイになってないとき、
夜、ひとりで静かに読みます。
じわじわきます。違う時間が流れるかんじがします。裏表紙の説明はヘン。「輝きを増して」とかでも、古きよきイギリス、とかでもない。

自分の生き方をしっかり持って、その生き方の中では最高に近い形で生き抜いたのに、なんで全てが（全てが、である）うまくいかなかったのだろう、という思い。

父親の老いとその死に行く姿と、現在の自分との重なり。

父親の「自分はいい父親だったのだろうか」という問いは、
主人公の「自分に何の品格がありましょうか」という嘆きに重なる。

それでも前向きに生きていく。生き方を変えず。

だけど、それは作者の真意だろうか。説得力があまりにも薄い。自分には、作者が主人公を幸せにしたかっただけのように思える。格調高きイギリス貴族の大邸宅で、ひっそりと昔に思いを馳せる老執事。登場人物も決して多くはないし、彼の行動範囲も広くない。私情を挟むことなく、仕事に徹してきた人生に、時間はゆっくりと確実に過ぎていった。女中頭に思いを寄せるが、それを伝えることはできなかった。彼女は何度かチャンスをくれたのに…。老執事は、彼女のもとへ旅に出る。だが、彼女にも時間はゆっくり流れていた。最後部の「人生で最良の時は、夕方だ。」がこの小説の要と言われるが、私は、「生活する中でだんだん夫を愛する自分に気付いた。」という彼女の告白に胸がじんとした。一度近づいてまた離れていった思いは、二度と交わることはない。だが、「もしも…」がなければ到達しない感情を、この作品は魅せてくれると思う。 執事からイメージされるのは、推理小説の登場人物くらいで、あまり現実感がないので、イギリスのお屋敷の一流の執事たるものは、どうあるべきかという読み物として読んでしまうと単なるボヤキ？あるいは「執事の品格」になってしまいます。
 時代背景が、第一次世界大戦と第二次大戦の挟間で世界が大きく動く歴史をおさらいして読むと、もう少し、理解ができるものと思います。
 ダーリントン卿にお仕えした執事の仕事の達成感と寂しさ、ダーリントン卿が失脚して、新しくアメリカから来たファラディ様に仕え、イギリス流とは違ったジョークを勉強しなければならない苦痛感。執事のスティーブンが、ファラディ様の好意で休暇を取り、フォードを借りて、かつて一緒に働いた女中頭ミス・ケントン（ミセス・ベン）からもらった手紙を頼りに、彼女に会いに行く物語。スティーブンの執事としての人生・スティーブンとケントンの恋物語・ダーリントン卿の衰退とイギリスの衰退という時代背景がうまく溶け込んでいます。
 執事が物語を淡々と語るので、物語に引きこまれていきます。
 ★２つをつけると、この小説に対して理解不足だと叱られそうですが、個人的には、そんなに面白い小説とは感じませんでした。しかし、こうした静かなイギリス的な？ものを読むのもいいのかもしれません。

 その時だったと存じます。男がこう言ったのは――「人生、楽しまなくっちゃ。夕方がいちばんいい。私はそう思う。みんなにも尋ねてごらんよ。夕方が一番いい時間だって言うよ」 「たしかにおっしゃるとおりかもしれません」と私は言いました。
 私はここに残り、今の瞬間を――桟橋のあかりが点燈するのを――待っておりました。先ほども申し上げましたが、楽しみを求めてこの桟橋に集まってきた人々が、点燈の瞬間に大きな歓声をあげました。その様子を見ておりますと、あの男の言葉の正しさが実感されます。たしかに、多くの人々にとりまして、夕方は一日でいちばん楽しめる時間なのかもしれません。では、後ろを振り向いてばかりいるのをやめ、もっと前向きになって、残された時間を最大限楽しめという男の忠告にも、同様の真実が含まれているのでしょうか。（本文から）

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<item rdf:about="http://8bookshop.bestbook-shop.com/detail/04/4151200347.html">
<title>わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)</title>
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「日の名残り」「浮世の家」に続き、私にとってイシグロ氏３作目の小説ですが一番面白く読みました（前記２作品も好きですが）。主人公の独白を基本とし、各章の小見出しだけを追えば時間の流れに沿いつつ、途中回想や過去のエピソードをふんだんに交えることでその世界に引き込まれる点は３作品とも共通していました。しかし本作品はスケールの大きさで過去２作品の比でなく、そこに大きな魅力を感じました（まあ、この点は評価の分かれる点でしょうけど）。前記２作品では「あの人はその後どうなったんだろう、あの事はどういう意味があったんだろう、もう少し詳しく解説（謎解き？）してほしい」と思ったものでしたがこの作品を読むことで、「書き過ぎない」ことがイシグロ氏のスタイルではないかと考えるようになりました。つまり「タネ証し」と「読者の想像力を刺激し続ける」こととのバランスの取り方がこの人の真骨頂なのではないでしょうか。再読すれば、１回目では読み取れなかった“仕掛け”の発見や違った読み方ができそうなので、少し時間をおいて挑戦しようと思っています。非常に不思議な読後感を味わえる小説。
主人公が成長して探偵として活躍する現在と、幼少のころの両親や幼馴染たちとの思い出がイギリスと上海を舞台に語られる。そこには旧友の、両親の、そして現在の恋人の、という具合に様々な人々との個人的体験が重層的にちりばめられていて、極短い短編小説がいくつもいくつも連なっているという風に読むことができた。むしろ通常の小説であれば物語の肉付けとも言えるそれらの「短編」的エピソードが醸し出す雰囲気こそ、この小説の骨格となっているような感覚さえ覚える。
そして何より不思議に感ずるのは、物語の後半、上海に戻った主人公が体験する幼馴染と邂逅する場面。重い現実感のある夢のような描写で、エンターテイメントを期待する読者を全く別の地平へと連れ去ってくれる。
こんな小説には滅多に出会うことが出来ないと思う。本書の主人公バンクスは、上海育ちの英国人であり、
彼が10歳の時に両親が相次いで失踪した結果、
英国に送られて教育を受けたという、かすかにイシグロ本人の
経歴を思わせるような人物設定になっている。

内容のほうも、これまでの純文学路線とは違い、
探偵小説のパロディめいたエンタメ寄りのもので、
前半では、上海での少年時代の回想を差し挟みつつ、
バンクスが英国のスノッブな社交界の中で、
探偵としての名声を築いていく過程が描かれ、
後半はいよいよ、第二次上海事変から日中全面戦争へと至る
渦中の「魔都」上海へと、バンクスが乗り込むことになる。

こう書くと、傑作たることはほとんど約束されているようにも思えるが、
読み終わって、そう呼ぶには何が欠けていると感じた。
ひとつには、バンクスの養女となる孤児のジェニファーが、
物語の流れにうまく組み込まれていないように思えることが
挙げられるかもしれない。彼女が登場する場面は、主要な筋からは
半ば独立しているため、単に孤児をもうひとり登場させる必要上、
都合よく導入された人物ではないかという気がしてしまうのだ。

また、舞台が上海に移った途端、急速に現実感が乏しくなり
なぜか皆がバンクス一人に事態の解決を要求するという、
「セカイ系」の展開に突入していくのだが、ここでの上海の描き方が
むしろ類型的なものに留められていることにも、
（イシグロ本人によれば意図的なものらしいが）
微妙な物足りなさを覚えた。名探偵であるはずのバンクスが、
現実にはあり得ない仮定を信じ込むに至る経緯が、
いささか簡単に描かれ過ぎているようでもあるし、
結末近くで明かされる真相の重さとも、
もうひとつうまく釣り合っていないような気がする。

最後に、これは翻訳の問題になるが、
原文でアキラが話す英語は、be動詞や3単現のsが
ほぼ完全に省略された舌足らずのものであり、
邦訳はそこを流暢に訳し過ぎていると思う。 上海とロンドンを舞台に、中国とイギリスと日本の文化を巧みに描き分けている。アキラとの交流、サラとの運命、ジェニファーとの関係と、いずれも背景に描かれきらない広がりを感じさせる。
 そして、名探偵小説を批評的に解釈したようなストーリー展開が斬新。アヘンをめぐる醜い力関係が、最後の謎に深くかかわってくる。真実は、いつも光を伴ってくるとは限らない。だが、人はそれでも真実を知りたい。クリストファーが探偵だというのは、皮肉な設定である。
 日中戦争の生々しい情景を描き、その後の世界大戦をスルーし、「筆舌に尽くしがたい」という形容を、書かずして表現している。上海事変前約２０年間の上海を舞台にした推理小説で、彼はこの本で＜文学的推理小説というジャンルを確立した＞と激賞されたという。私は彼の作品を読むのはこれが二冊目だが、前回読んだ「日の名残り」に比べてよりドラマチックであり、後半には特にスピード感がある。しかし読み終わったあと、私はおかしなことに気づいた。
私は「上海を舞台にした」と書いたが、実は作品中にほとんど中国人が登場しない。せいぜい英語を操れる少数の中国人が脇役として出てくるだけだ。つまりこれは「上海を舞台にした」小説ではなく、イギリス人が生活するのに通訳を必要としない中国の中の英国＝「上海租界を舞台にした」小説だ。
もちろん英国が持ち込んだ阿片で苦しむ中国人、悲惨な生活を送っている中国人貧民の姿も出てくるが、それはあくでそこから脱却できない、かえって進んで買弁として生きる道を選択した中国人というイメージを抜けきらない。
私も一度だけ上海に行ったことがあるが、その巨大都市がじつはせいぜい百年ばかりの歴史しかないと聞かされ、驚いた経験がある。上海という都市の歴史は列強の中国侵略の前線基地としてはじまったものである。
作家が描くある英国人一家を襲った悲劇も、それとは比較にならない侵略を受けた中国民衆の悲劇という背景を抜きに語られるならば、限りなく自己欺瞞に近づく。はたして英国に住む日本人作家が中国近代史を書くスタンスがこれでよかったのかどうか、私には疑問だ。アヘン取り引きに絡んでいたイギリス人ビジネスマンの父親が上海の自宅から突然姿を消したとき、9歳のクリストファー・バンクスは友だちのアキラと探偵ごっこに夢中だった。「中国人街のうさぎ小屋のような路地で追いかけっこや殴り合い、撃ち合いをしたあと、詳細は違っていても決まって必ず、ジェスフィールド公園での壮大な儀式で探偵ごっこは締めくくられた。その儀式で僕たちは、一段高くなった特別ステージにひとりずつ上り…拍手喝采を送る群衆に向かって挨拶するのだった」 次いで母親までもが行方不明となったクリストファーは、イギリスへ送られることになる。2つの世界大戦に挟まれた時代を彼はそこで過ごし、やがて「自称」有名な探偵になる。しかし家族を襲った運命が彼の頭から離れることはなかった。クリストファーは懸命に記憶をたどり、両親の失踪に何らかの意味を見出そうとする。そして1930年代末、彼はついに上海に戻り、自分の人生において最も重要な事件の解決に乗り出すのだった。しかし調査を進めるにつれ、現実と幻想との境界線は次第にあいまいになっていく。彼の出会った日本兵は本当にアキラなのか。両親は本当に中国人街のどこかに監禁されているのか。そして、何か重要な祝典を計画しているらしいグレイソンというイギリス人の役人はいったい何者なのか。「まず何よりも先にお聞きしたいのはですね、儀式の会場をジェスフィールド公園にすることでよろしいかということです。なにしろ、かなり大きなスペースが必要となりますのでね」 『When We Were Orphans』でカズオ・イシグロは、犯罪小説の伝統的な手法を用いて、少年時代のトラウマが落とす影から逃れられないでいる困惑した男の心情を感動的に描き出している。シャーロック・ホームズは推理の際、泥のついた靴や袖についた煙草の灰といった断片的な証拠で事足りた。しかしクリストファーに残されたのは消えゆく遠い昔の記憶だけ。彼にとって、真実はもっとずっと捕らえ難いものだった。小説は一人称で書かれているが、クリストファーの慎重に抑制された語りには冒頭からほころびが見られ、彼を通して見る世界が必ずしも信頼できないことを暗示する。そのため読者は、自らもまた探偵になることを迫られ、クリストファーの記憶の迷路を真実のかけらを求めてさまようのである。 イシグロはもともと派手な弁舌に走る作家ではない。しかし、この作品に漂うもの静かなトーンは、かえって強く感情を揺さぶってくる。『When We Were Orphans』は見事なまでにコントロールされた想像力の傑作である。そしてクリストファー・バンクスは、著者の創造した人物のなかでも、最も印象的なキャラクターのひとりと言えるだろう。
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<item rdf:about="http://8bookshop.bestbook-shop.com/detail/05/4102161031.html">
<title>ケインとアベル 上 新潮文庫 ア 5-3</title>
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<description>人生のドラマ、すべての喜怒哀楽が学べる貴重な１冊。
いろいろな環境の中から、人は生まれ育つ。
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人生のドラマ、すべての喜怒哀楽が学べる貴重な１冊。
いろいろな環境の中から、人は生まれ育つ。
その中で、どのように生きたらいいのか、多くの視点と生命力が活字から伝わってくる。

運命と環境、時代に左右されながら、一生懸命に生きる２人の男、ケインとアベル。
冒険小説、ビジネス小説としても読める。

「夏目漱石のような心の内面の描写が素晴らしい」

２人の最後の再会の場面、言葉を交わすこともなく、お互いの気持ちが分かり合えたような、
そんな場面が、僕は大好きです。

この小説を、30人以上の友人・知人にプレゼントしてきました。
「おもしろかった」「一気に読んだ」との声を聴いて、とっても嬉しかった。

読む楽しさも大切です。
それ以上に、この本から、僕は学んで欲しいと心から願っています。
これからも、読み返したい大切な本です。ポーランドの片田舎で生まれたヴワデク（後のアベル）と、ボストンの名家で生まれたケインの人生を描いた大作。
おもしろかった！一気に読めました。
ヴワデクの壮絶な少年時代も、青年時代のホテルのウェイターから出世していく姿にも、
ケインの恵まれた環境と名家のプレッシャーの中で知恵と努力で銀行の中で地歩を固めていく姿にも、
興奮しました。
どちらの主人公も好人物で、私が好印象を持っているこの二人がお互いの立場の違いから仲たがいしてしまうのが、
二人に感情移入している私としては残念でありながら、また同時にドラマチックでわくわくしてすぐに下巻を読まずにはいられなくなりました。ちょっとした就活の息抜きに読んだつもりが、今ではすっかり嵌ってしまいました。
まったく対照的な境遇の二人の物語というのはあらすじからわかっていたのですが、それでもアベルは凄すぎますね。
アベルがどんどん成功する様を見ていると、心の底から応援したくなるので不思議です。上下巻、一気に読みました。野心有る青年のサクセスストーリー、親子愛、ビジネスでのライバルとの対決、20世紀のエポックメイキングの出来事(第一次、二次世界大戦)がうまくミックスされて、テンポ良く読ませます。デビュー作の百万ドルを取り返せとは一変して硬派な筆致で描かれる２人の一生をかけた争い。メインストーリーはそこにあるのだがおもしろさの本質はむしろアメリカの隆盛期といえる1900年代を舞台にした２人の人生そのもの。上巻のアベルのロードストーリーで描かれる破天荒な人生は思わずページをめくる手も早まる。復讐が人生の大きな部分を支配していたアベルの性格が徐々に陰湿なものになっていくのが空恐ろしく感じられた。ケインの人生にはまさにアメリカ的な人物像が垣間見れた。これは壮大なサクセスストーリーを軸に繰り広げられる現代アメリカ史であるといえるだろう。
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<item rdf:about="http://8bookshop.bestbook-shop.com/detail/06/410216104X.html">
<title>ケインとアベル 下　   新潮文庫 ア 5-4</title>
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<description>最後の真実が語られている手紙の部分は、全く予想していなかったので、驚いたとともに、
彼の（ここで名前は伏せておきます。）懐の深さに感動しました。途中で、暴露して鼻をあかしてやっても良かったでしょうに...</description>
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最後の真実が語られている手紙の部分は、全く予想していなかったので、驚いたとともに、
彼の（ここで名前は伏せておきます。）懐の深さに感動しました。途中で、暴露して鼻をあかしてやっても良かったでしょうに。それをよしとしなかったのは、プライドだけでは無かったはずです。正々堂々と戦いたかったのでしょう。最後の方では、一線を越えてしまいましたが。上巻を読破する苦労は、ここで報われます。絶対！ケインもアベルも実業家として成功していきます。
ケインとアベルの争いが、銀行やホテルや司法や家族を巻き込んでいく様もドラマチックで、次のページをめくる手が早くなります。
いろんなテーマを含んだ物語ですが、ボタンのかけちがいで、プライドのために争い続けるってことは、現実にもあるかも知れないですね。
ただ、二人の大実業家（しかもケインとアベル）が同じように大戦に兵士として参加するというくだりはなくても良かったような気はしますが。雑誌やこのサイトの評価がいいので読んでみました。
何度、途中でくじけそうになったことか。というか、282ページ目ぐらいでは途中で破り捨てたくなりました。ハイハイ、1人はすごく恵まれて、頭がいいです。1人はすごく苦労しているけど、頭がいいです。発想のレベルが稚拙で読むに耐えない。まるで対照的な２人を演出する物語を中学校のクラスで意見を出し合って、箇条書にしているような物語。
自信を持って断言します。お勧めしません。今まで読んだ小説で最低の本。
つまらなく、くだらないだけでなく、腹が立ちますから、くれぐれも、上下巻一緒にだけは買わないようにしてください。
今話題になっている、ライブドアとニッポン放送のことなど、ケインとアベルを読むともっと理解が深まると思います。アメリカはやっぱり進んでいますね。 上巻を過去として下巻は現在〜未来と言ったところだろうか。 下巻ではケインとアベルに本格的な競争心が芽生える。読み終わってみると面白い物だと改めて確認した。壮絶なロマンがここにはある。憎悪があり、新たな憎悪が芽生え、目標が生まれ、経営えの執着心も生まれる。行くところまで行って終わるのがよい。結果もちゃんとついている。結果がない場合もミステリにはあったがキッチリ終わっているのがよい。続編として「ロスノフスキ家の娘」があるが、この書を読んでからの方がその娘であるフロレンティナのことは断然わかりやすい。名前の由来も見えてくる。 ジェフリー・アーチャーはスケールが大きい。双方とも世界を又にかけての熱戦。その下で繰り広げられるラブストーリーもあるのがよい。それが「ロスノフスキ家の娘」につながっていくのだと思う。文章間に挟む淡々とした心理描写は、永井淳の訳が上手いと言うべきか。全体的にテンポは速いので、下巻では時間的には短いが内容が濃いように思う。テーマさえあてはまれば非常に読みやすいと思った。上巻に比べてそれは増して、私事だが下巻は上巻の半分の日数で読了した(休日関係はあるが) 続編でもあり、フロレンティナが主人公の「ロスノフスキ家の娘」も読み始めた。ハイテンポで面白いし、娘からの視点な為アベルに対する見方は違ってくるのも面白い。これを読むなら、個人的には「ケインとアベル」からをお薦めする。断然本書が面白くなるかな。
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<item rdf:about="http://8bookshop.bestbook-shop.com/detail/07/4102451048.html">
<title>ムーン・パレス (新潮文庫)</title>
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<description>非常に面白いストーリー。
おもしろい展開だけど、おかしくないか？と言うツッコミはない。
なぜだろうか。
青春は、そして人生は、多かれ少なかれ必然の偶然がある。
それを作者が絶妙にそしてパワフルに作品...</description>
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非常に面白いストーリー。
おもしろい展開だけど、おかしくないか？と言うツッコミはない。
なぜだろうか。
青春は、そして人生は、多かれ少なかれ必然の偶然がある。
それを作者が絶妙にそしてパワフルに作品に送りこんだからだと思う。
そして誰もが青春をしっているから。
雨は決して降り続けることはない。
そして点と点はつながる。現代日本にとっては極めて現代的な内容である(のではないだろうか)。
とくに、耽美的であり虚無的な２０代の青年には、その衝撃はかなり大きいのではないだろうか。いつか読むべき本ではなく、『今』読むべき本だと思う。この小説は初めて最後まで読めた小説だった。ポールオースターの美しい言葉や表現でドンドン見入ってしまった。やはり絶品の小説だったもう読んで何年かになるが、それでも時々思い出すのが、主人公が台所で卵を落とす場面である。おそらくオースターの実話だからだろうが困窮する生活の中で大事な卵を落とす深刻さが本当によく書けていた。ことばから何かがイメージできるなど幻想に過ぎないが、この卵の落ち方の生々しい物質性は、その幻想を信じる気に十分させる。そういう物語。
息している限り、息がある限り、私たち人間は生きているのです。
長い物語のあらすじを描くと総てが見えてしまうのはこの作者の作品の特色です。

なので作品に関しては何も言えないわ。
息があった事を、主人公に祝福。
生きていてよかったね。

命あってのものだねだ。

過去は捨てればいいものだもの。
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<item rdf:about="http://8bookshop.bestbook-shop.com/detail/08/4102109072.html">
<title>ガラスの動物園 (新潮文庫)</title>
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<description>我々には選ぶ権利はなく、我々のことは微塵も考えてくれない、我々の大統領が決まった。
not for Japanese people, not by Japanese people, but The ...</description>
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我々には選ぶ権利はなく、我々のことは微塵も考えてくれない、我々の大統領が決まった。
not for Japanese people, not by Japanese people, but The president of Japanese people. Mr.オバマ。
この本を読むと日本がその意志に関係なく、アメリカ特急に乗ってしまったことがよく分かる気がする。格差社会、負け組と勝ち組、そして様々な心の病。

本が書かれたのが、1945年。
アメリカ社会の常に成功へと駆り立てられる何かが
登場人物たちに暗い陰を落としている。
母親アマンダは過去の栄光にすがりつき、
逆にローラは、人生のすべてを放棄しているかのようだ。
トムは、一見、若さ特有の夢を見ているように見えて、
成功という宗教に取り付かれている。

ウィリアムズがアマンダとローラに自分の母と娘を
投影させて描いたとするなら、夢を求めて飛び立ったトムは彼になる。
彼自身の人生を知ってしまうと、この物語は悲劇以外の何ものでもなくなってしまうのだが、
青年紳士の必死の訴えが、ローラに、少しでも届いたと信じたい。テネシー・ウイリアムズを一躍有名にした本作は色々な劇団によって演じられているそうですが劇という演出家の観念で作った物を見る前に是非とも原作を読んでイマジネーションを広げて欲しいと思いました。
語り手であるトム、過去の栄光が忘れられない母アマンダ、ガラスのように繊細な心の持ち主である姉ローラ。
作者が一番訴えたかったのはローラの人生なんだと思います。
繊細すぎ、傷つきやすいがために人生とうまく折り合いをつけられない姉。
姉の日常においてできることは彼女のコレクションのガラスの動物たちを世話することと、古い１枚のレコードを聞くこと。
ガラスの動物たちは彼女の心の反映であり、小さくて壊れやすいのです。
それは作者の実在する姉であるローズがモデルであることは明かです。
両親にロボトミー手術を受けさせられ、廃人になってしまった姉。
それを止められなかった作者は終生悔恨の情に溺れ、名声とは裏腹に私生活は荒れていたと言います。
そんな作者の魂の吐露が切実なまでに我々に訴えてきます。誰の胸にも、家族という重いしこりが居座っている。その急所をテネシー・ウィリアムズが直撃する。読み出したら止まらない。
過去の栄華を誇り、現実を否認し続ける母・アマンダ、足が不自由で極端に内気で婚期を逃した姉・ローラ、文学を愛しながらも倉庫係のにしか就けない弟・トム――３人の運命から眼を離すことができない。三人は、わたしたちの心の中で生きている。彼らを笑える人は一人もいない。ラストシーンは悲しくて、泣ける。テネシー・ウィリアムズの作品に登場する女性たちはいつも同じ。あまりに繊細すぎるがゆえに、現実に適応する能力を持たない女たちだ。
ガラス細工のように繊細で不器用なローラは、テネシー自身の姉（実際に精神異常者となる）をモデルにしたものだ。
テネシーは姉を見捨てた自分を生涯、悔やんでいたと聞く。叙情的な美しさ哀しさが、全編にみなぎっている名作である。 テネシー・ウィリアムズほど米南部の伝統と悲しみを切実に描き出した劇作家はいないように思。南北戦争に敗れた「負け組」の南部の出身であることに彼は生涯こだわり続けた。
 彼の名声を一挙に高めた本作がいまだに世界各地で上演され、愛されているのはやはり登場人物たちの魅力によるものだろう。特にアマンダとローラは彼の母と姉がモデルであるだけに、鮮やかな実在感に満ちていていつまでも読者の心に生き続ける。
 南部婦人の誇りと生活力を備えたアマンダと、ガラスのように繊細で現実に適応できないローラ。そして二人を愛しながらも批判的に見るトム。トムの最後の独白が感動的なのは、生きてゆくためにはある意味非情さが必要だと知りながら、デリケートな姉に深く共感せざるを得ない作者のジレンマと悲しみが私達の問題でもあるからだろう。どこにでもあるような家族の物語が、セリフの一つ一つによって静かな光を放ち、普遍性を帯びる。テネシー・ウィリアムズの原点というべき作品だ。
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<title>ホテル・ニューハンプシャー〈上〉</title>
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痛烈なエピソードが満載で、一つ一つのエピソードはそれなりに楽しめましたが、登場人物のキャラクターに一貫性がなく、支離滅裂の印象を受けました。小説に出てくるスランプ時のリリーに対する批判がそのまま当てはまります。全体的なストーリーがありません。特にバーベル上げしか能がなく、精神的な成長もない主人公には落胆させられました。作家の角田光代さんが、「人間のあらゆる感情を内包した小説」と賛嘆していたが、そのとおりだと思う。レズビアン、革命家、障害者などなどひとクセもふたクセもある人々が集まる家族と、その家族の経営するホテル。あらゆる感情とは、喜び、運命にもてあそばれる人間の切なさ、気持ちが届かない哀しみ、哀しみの先にある嬉しさ、憎しみなどなど。描ききれない。こうした人々の関わり合いを、日本の小説の多くは因果関係で書いてしまうが、これは「感情」で結びつけている。村上春樹もそのような書き方をしていた一時期があったと思う（「ダンスダンスダンス」など）。でもスケールの大きさで私はこちらに軍配。やられました。この文庫版は廉価ですが装丁もとても素敵ですし、中味によく合っていると思います。 それぞれ問題を抱えた家族、問題がありすぎるホテル、それがさまざまな事件と絡んで進んでいく。
 アーヴィングは以前、とあるインタビューで、「僕は原則として、短い本は書かない」と言っている。「読者が登場人物に感情的に思い入れをもてるように書けないなら、百五十ページの小説を書いていればいいんだ」、と。
 アーヴィングの登場人物は間違いなく魅力的で、ストーリーの展開も、その語り口も巧みだ。くそ長い小説なのに、それでも引き込まれて次々ページをめくってしまうのは、この長さなのに、アーヴィングが一文一文に間違いなく気をつかっているからである。
 ただ、村上春樹訳の「熊を放つ」を読んでしまったためか、若干微妙な訳な感じもしないでもない。『バーで出会った女の子が、あの本みたいに、と言ってた一冊。本にも彼女にも淡い興味を抱いた僕が物語を読み終えたとき、彼女はもう自殺したあとだった。名前も仕事もあの日バーで話してくれたことは全て、彼女が作り出した嘘だと知った。嘘つきも妄想癖も虚言癖も通り越して、自分自身がつくりだした悲劇の設定に殉じてしまった彼女をみんなは悪く言うけれど、ぼくはそうは思わない。ホテルニーハンプシャーみたいに、少なくともあの言葉だけは嘘じゃなかったと思うんだ。』たしかこんなかんじのありました。この小説の主役を演じるのは、夢想家の父親ウィン率いるベリー家だ。長男フランクはホモ、長女フラニーと次男ジョンはインセストな関係にあり、次女リリーは小人症、末っ子エッグは難聴という設定。

彼等全員が、何かしらエキセントリックな性格を持っていて、ややもすると一つも接点がないように見えるのだが、未来の中でしか生きられない父親のケ・セラ・セラな性格が好影響を及ぼし、家族は異様なほどの固い絆を築いていく。

この家族には現実離れした事件や事故が幾度も発生し、その場面は「本気」とも「冗談」ともとれる描写手法が用いられている。全てを真実として生真面目に受け止めると、これほど重い小説はないし、逆に全てがコメディだと思って読むと、これほど読者をバカにした小説はない。

しかし、その辺りの判断を読者の裁量に委ねている点が、この小説に重量を与えているといっても過言ではない。読者によって感じ方が変化するということは、それだけ膨らみがあるということであり、つまり小説における重要なファクターであるところの「想像力」を最大限に引き出す効力を発揮する。

この小説の読後に、「家族」というものの不安定さ、無力さ、力強さ、その他雑多な思慮をめぐらすことになった私は、まんまと著者の思惑に引っかかったとも言える。
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<title>キャッツ―ポッサムおじさんの猫とつき合う法 (ちくま文庫)</title>
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<description> ミュージカル「キャッツ」にこんな原作があるとはあーら、知しらなんだ知らなんだ。だけど、だけど、断然こっちのほうが明るくて面白くためになるＴとＳから成る大英帝国エリオットせんせのグローカル・ミュージ...</description>
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 ミュージカル「キャッツ」にこんな原作があるとはあーら、知しらなんだ知らなんだ。だけど、だけど、断然こっちのほうが明るくて面白くためになるＴとＳから成る大英帝国エリオットせんせのグローカル・ミュージカル、嬉しかるかる、ミュージカル。
 劇団「四季」の暗く惨めなミュージカルよりはるかに面白くためになるワイのワイのワイ。そうか、オリジナルには、娼婦猫はいないんだ、ちょっぴり寂しい残念なと思いきや、元々この本はエリオットが、勤務先の同僚のくそガキども、いやいや失礼、お子様向けに書いたもの、娼婦猫なんて下品だがチョッピしうれし恥ずかし姉様猫なんてあったまるか、氷の刃。えーい、もう。
 それにしてもこの本の挿絵に描かれている猫の表情、どれ一つとっても可愛い奴がいないのはなぜ? なぜ、どうしてなの？ みんな、支那猫みたいに目が釣り上がっちゃってさあ、そいでもって、ふてくされているんだもんなあ。
 原作は、1939年に出版された。大戦間近というか、もう既にアドルフ君あたりはどっかへ侵入していた時分、さすが大英帝国のＴとＳとでエリオット、余裕があるなあ。舞台だと、どうしても分かりにくい部分が出てきてしまいますが、この本を読んでおけば「あ、そのネコ！」・・・とすぐに結びつける事ができて、より舞台を楽しむ事ができます。

原作と比較して「どうなの!?」と思ってしまう舞台などもありますが、この本は是非是非、劇場へ足を運ぶ前に読んでおくことをおすすめします！ キャッツに登場するネコたちが原作のこの本にたくさんでてくる。
 この本に出てこないネコもいるが、ここは劇を見てのお楽しみ。
 四季のネコたちが２倍に素敵になる。また、劇を見終わったあと
また読むとさらに２倍楽しめる。オススメ
 ＣＡＴＳの舞台を見たことがある人（もしくはCD、DVDなどで既に知っている人）なら、益々ＣＡＴＳの世界が深まると思います。あの歌は本当に原作の詩に忠実に作られているんだなぁと、びっくりするかもしれません。丁寧に注釈がつけられているので、英語の語感を楽しむように書かれている部分などもわかりやすくなっていると思います。特に猫の名前については「あ、なるほどね」と思わせる部分が多かったです。この話はあの有名な劇団四季のミュージカルＣＡＴＳの原作です。一匹一匹の猫がちゃんとした名前をもち、手品が得意だとかそういったことがかいてあるおもしろい話です。
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<title>鍵のかかった部屋 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)</title>
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<description> 「言葉というものを大切に思うこと。書かれたものに自分を賭けてみること。そうしたことが他の要素を圧倒するのであり、それに較べれば、自分の人生などごくささいなものに思えてくるのだ。」（本書50ページ）...</description>
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 「言葉というものを大切に思うこと。書かれたものに自分を賭けてみること。そうしたことが他の要素を圧倒するのであり、それに較べれば、自分の人生などごくささいなものに思えてくるのだ。」（本書50ページ）

 言語表現に対するこのような愛情の下で、この小説のストーリーでは、批評家の主人公（読み手）が幼馴染の天才小説家（書き手）に殺意を抱きつつアイデンティファイしていく。両者ともに家族や生活を削ぎ落とし、自己自身のアイデンティティや存在さえも消し去りながら、「書くこと」「読むこと」に一体化しようとする。特に両者が狂気スレスレまでいって対話する後半は読み応えがあるが、同じようなテーマで語り手が消え去った「シティ・オブ・グラス」と対照的に、この小説では現実＝こちら側の世界に主人公がギリギリのところで引っかかっているところが面白い。その点で、この小説のラストにほのかな「希望」を読み出す読者もいるだろう。（訳者もその一人。）

 「書くこと」に自己言及した小説を書いた作家は沢山いるが、不可能だと知りつつ「書くこと」と「読むこと」、それ自体を掴もうとしてミニマリズムを展開したこの作品は、奇跡的なことにストーリーに厭きがこないどころか、ミステリー仕立てで面白い。文句なしに初期オースターの傑作として文学史に残る作品でしょう。これからも、何度か繰り返し読みたいと思います。「ファンショー」を「フィクション」に読み替えて、
オースターがフィクションの創作に関して何かを掴むまでのプロセスの
最終段階の物語としても読めます。特に後半、特に第８節の途中以降は
著者が書く際、「フィクションは……」などと書いて後から
「フィクション」を「ファンショー」に一括変換
したのでは？と思うぐらい（笑）そのように読むと
いろいろおもしろいことを言っているので是非試してみてください。本書はThe New York Trilogyの最終話だ。

この3部作は何れもある人物に関わる謎を探ることを目的とする推理小説のような体裁を取っているが、読み進めるにつれて実は謎を追い求める主人公の内面の変化がテーマになっていることに気がつく。

主人公は最初は職務としてターゲットとなる人物を尾行したり、過去を調べたりするのだが、次第にターゲットと自己との境目が曖昧になり、謎を探る行為は職務ではなくそれ自体が自己存在意義と化していく。

外面からは安定しているように見える人間の心に潜む危さや脆さが見事に描き出されており、楽しく読める作品ではない。だが最近のポール･オースターの円熟した作品とは異なる実験的な要素がちりばめられた初期の傑作だと思う。オースターの初期作品の中で、頭ひとつ抜け出ている印象の本書。
書き出しからラストまで、どこをとっても好きなのは、ちょっと贔屓のしすぎかもしれませんが。。

オースターのストーリーの書き方は偶然に拠り過ぎているって話がありますが、私はそれよりも、幸福はいつまでも続かない、ハッピーエンドでは終われない物語のリアリズム性の方に、オースターらしさを感じます。
この作品のラストは、そういう意味でものすごく印象に残っています。
曖昧な結末の映画を見たのに、考えさせられるのではなく、理屈ではなく、胸がうずくと言えばいいのか。
数あるオースター作品の中でも、この作品のラストは群を抜いているように思えます。
未読のオースター好きの方には是非読んでいただきたいです。実に小説らしい小説だと思う。もしくは物語らしい物語。サスペンスフルでスリリングでどことなくカフカチックで、読んでいて引き込まれる楽しみがある。この人の小説はこのあたりから物語小説としての魅力を増し、「ムーンパレス」、「リヴァイアサン」、「偶然の音楽」、「ミスターヴァーティゴ」あたりの完成度の高い作品に結実していく。作品として決して完成度が高いとは言えないまでも、それは筆者がその後さらにすばらしい作品を生みだしたという事実をすでに知っていることから来る相対的な評価でしかなく一つの作品としては十分に楽しめる。私は読後、村上春樹の「羊をめぐる冒険」を思い出した。二つの物語が探求したものは果たして同一のものだったろうか、と考えたのだ。この「鍵のかかった部屋」、もちろん村上ファンのかたにもお薦めです。
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<item rdf:about="http://8bookshop.bestbook-shop.com/detail/12/4102161015.html">
<title>百万ドルをとり返せ! (新潮文庫)</title>
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<description>企業設立詐にだまされた4人組による復讐の詐欺作戦。
あくどい悪漢がこんなに簡単にだまされるかなと思う部分もあるが、4人が必死に演じる詐欺作戦は読んでいて非常に痛快。
テンポのいい英語で読みやすく、楽...</description>
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企業設立詐にだまされた4人組による復讐の詐欺作戦。
あくどい悪漢がこんなに簡単にだまされるかなと思う部分もあるが、4人が必死に演じる詐欺作戦は読んでいて非常に痛快。
テンポのいい英語で読みやすく、楽しんで英語を勉強したい人にもお薦めです。 序章：投機家必読の書。オレオレ詐欺にひかからないと思っている人，ひかかるのではと心配している人，参考になります。第１章：ひかかってしまった４人の内の一人（画商），ゴッホの絵を売って取り戻す。１０年間の稼ぎが２週間で成し遂げられる。第２章：２人目，第３章３人目と続くがここに書いてしまっては読む楽しみがなくなる。
 モンテカルロ，ウィンブルドン，アスコット競馬場を知ってる人は人一倍楽しめます。 アングロサクソン特有のコン･ゲーム。アーチャーの本邦初登場のこのドラマは、アーチャー自身が"えげれす国女王陛下の国会議員"ということもあって結構評判になり、私自身もそこそこ楽しんだものだ。その後、アーチャーの国会議員としての様々なスキャンダルがあったりして、実際に刑務所を出たり入ったりしてなかなか私生活もお盛んな所を見せてくれたものだ。

 しかし、このドラマの面白さは、作者の刑務所暮らし云々がどうのこうのではなく、文字通り内容が面白ければ｢それでいい!｣のだから、これでいいのだ。
 コン・ゲームの快感、騙し騙され振り振られるのは世の常、人の常である。読者も、騙される快感を味わっていただきたい。
英国の作家ジェフリー・アーチャーの処女作。 

 自分自身が株で大損した体験を元にこれを書き一躍ベストセラー作家となった記念すべき作品。 

************************** 

 アメリカの貧しいポーランド移民の家に生まれた少年はやがてメッセンジャー・ボーイから大富豪へとのし上がっていく。時には「非合法な手段」で。 

 そして彼、ハーヴェイ・メトカルフェは英国に石油会社『プロスペクタ・オイル』を設立。一人の青年を雇い、「会社が北海で油田を掘り当てた」という架空のインサイダー情報を伝え、投資家を募らせる。そして四人の男がその情報を信じ大金をはたいて株を買った時、『プロスペクタ・オイル』は姿を消す。 

 騙された事を悟った四人の男たち。 
 大学教授。外科医。画廊のオーナー。俳優志望の若い貴族。 

 頭脳明晰な大学教授をリーダーに、彼らが騙し取られた合計「百万ドル」を取り返すべく力と頭脳を結集して立ち向かう。 
 『Not a Penny More, Not a Penny Less.』（１セントも超えず、１セントも不足無く）を合言葉に。 

 なかなか計画通りに行かない所が面白い。 
 そして予想外の展開にも、とっさの機転で切り抜ける！ハラハラ、ドキドキの展開にページをめくる手が止まらない。 

 読者としては、いつしか敵であるはずの悪者が、何とも人間味のあふれる憎めないキャラクターに思えてくるのです。 

 また所々に散りばめられた上質なブリティッシュ・ジョーク。ユーモアのセンスも抜群です、この人。 

 そして、やっぱり有りました、びっくり仰天の仕掛けが！よくもまあ顔色も変えず・・・おっと、黙っておこう。 

 もちろん最後は無事にほぼ全額取り返すのですが、最後にオチが・・・たまんないね。 

************************** 

 ちなみにアーチャー。この作品の大ヒットで、失った財産を楽に取り戻した事は言うまでも有りません。ＴＯＥＩＣ ６３０点レベルという本の帯が目に入り、空港で購入し欧州へ出発。サスペンスもので簡単な文章というと、シドニーシェルダンあたりしか知らずに困っていたところでした。ところが読み始めてみると、いきなり金融関係の話で少し難解でした。いわゆる株に騙された４人の被害者達が団結して４つのシーンで、騙したやつにやり返すという、まあ良くある話ですが、それぞれのシーンが本当にスリリングな展開でした。気つくと、普段は２〜３ページづつで休憩になる小生が、数十ページを一気に読み続けていました。ちなみに表題の意味は、騙されたお金を１ペンスたりとも過不足なく騙し返す。という意味のようです。いよいよ４シーン目も終え、最後の最後という時に、とあるニュースが主人公に飛び込みます。これが最高に小気味良い。気分壮快かつウィットに富んだ、実に小生好みのエンディングでした。

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<item rdf:about="http://8bookshop.bestbook-shop.com/detail/13/4102273042.html">
<title>ホテル・ニューハンプシャー〈下〉</title>
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<description>痛烈なエピソードが満載で、一つ一つのエピソードはそれなりに楽しめましたが、登場人物のキャラクターに一貫性がなく、支離滅裂の印象を受けました。小説に出てくるスランプ時のリリーに対する批判がそのまま当て...</description>
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痛烈なエピソードが満載で、一つ一つのエピソードはそれなりに楽しめましたが、登場人物のキャラクターに一貫性がなく、支離滅裂の印象を受けました。小説に出てくるスランプ時のリリーに対する批判がそのまま当てはまります。全体的なストーリーがありません。特にバーベル上げしか能がなく、精神的な成長もない主人公には落胆させられました。作家の角田光代さんが、「人間のあらゆる感情を内包した小説」と賛嘆していたが、そのとおりだと思う。レズビアン、革命家、障害者などなどひとクセもふたクセもある人々が集まる家族と、その家族の経営するホテル。あらゆる感情とは、喜び、運命にもてあそばれる人間の切なさ、気持ちが届かない哀しみ、哀しみの先にある嬉しさ、憎しみなどなど。描ききれない。こうした人々の関わり合いを、日本の小説の多くは因果関係で書いてしまうが、これは「感情」で結びつけている。村上春樹もそのような書き方をしていた一時期があったと思う（「ダンスダンスダンス」など）。でもスケールの大きさで私はこちらに軍配。やられました。この文庫版は廉価ですが装丁もとても素敵ですし、中味によく合っていると思います。 それぞれ問題を抱えた家族、問題がありすぎるホテル、それがさまざまな事件と絡んで進んでいく。
 アーヴィングは以前、とあるインタビューで、「僕は原則として、短い本は書かない」と言っている。「読者が登場人物に感情的に思い入れをもてるように書けないなら、百五十ページの小説を書いていればいいんだ」、と。
 アーヴィングの登場人物は間違いなく魅力的で、ストーリーの展開も、その語り口も巧みだ。くそ長い小説なのに、それでも引き込まれて次々ページをめくってしまうのは、この長さなのに、アーヴィングが一文一文に間違いなく気をつかっているからである。
 ただ、村上春樹訳の「熊を放つ」を読んでしまったためか、若干微妙な訳な感じもしないでもない。『バーで出会った女の子が、あの本みたいに、と言ってた一冊。本にも彼女にも淡い興味を抱いた僕が物語を読み終えたとき、彼女はもう自殺したあとだった。名前も仕事もあの日バーで話してくれたことは全て、彼女が作り出した嘘だと知った。嘘つきも妄想癖も虚言癖も通り越して、自分自身がつくりだした悲劇の設定に殉じてしまった彼女をみんなは悪く言うけれど、ぼくはそうは思わない。ホテルニューハンプシャーみたいに、少なくともあの言葉だけは嘘じゃなかったと思うんだ。』たしかこんなかんじのありました。この小説の主役を演じるのは、夢想家の父親ウィン率いるベリー家だ。長男フランクはホモ、長女フラニーと次男ジョンはインセストな関係にあり、次女リリーは小人症、末っ子エッグは難聴という設定。

彼等全員が、何かしらエキセントリックな性格を持っていて、ややもすると一つも接点がないように見えるのだが、未来の中でしか生きられない父親のケ・セラ・セラな性格が好影響を及ぼし、家族は異様なほどの固い絆を築いていく。

この家族には現実離れした事件や事故が幾度も発生し、その場面は「本気」とも「冗談」ともとれる描写手法が用いられている。全てを真実として生真面目に受け止めると、これほど重い小説はないし、逆に全てがコメディだと思って読むと、これほど読者をバカにした小説はない。

しかし、その辺りの判断を読者の裁量に委ねている点が、この小説に重量を与えているといっても過言ではない。読者によって感じ方が変化するということは、それだけ膨らみがあるということであり、つまり小説における重要なファクターであるところの「想像力」を最大限に引き出す効力を発揮する。

この小説の読後に、「家族」というものの不安定さ、無力さ、力強さ、その他雑多な思慮をめぐらすことになた私は、まんまと著者の思惑に引っかかったとも言える。
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<title>幽霊たち (新潮文庫)</title>
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<description>ある人物ホワイトにブラックの調査を依頼された探偵ブルーですが、そのブラックの日常に何も変わったことは起こらず、読者がひたすら追うのは結局ブルーの内面や行動であることがとてもユニーク。ブルーが父親との...</description>
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ある人物ホワイトにブラックの調査を依頼された探偵ブルーですが、そのブラックの日常に何も変わったことは起こらず、読者がひたすら追うのは結局ブルーの内面や行動であることがとてもユニーク。ブルーが父親との思い出など過去を思い出したりする場面、自分からアクションを起こしたり相手と対峙する場面、また、あれこれ思いに耽ったりなどの描写のいくつかは、とても興味深かったです。中にはちょっとなかなかお目にかかれないような表現があったりして。
大都会に生息する作家ならではの視点が感じられましたし、場人物の名称が色の名前であることがこの本の内容を実体の無い幽霊のようなものにしているに見えて、普遍化もしているように思えました。
ブルーが自分と向き合っている時、読者もブルーに成り代わりブルーの内面と向き合う。自分自身について考えるとはナンだろうか？改めて読者もここで自分に問いかけるのでしょう。もう考えれば考えるほどわからなくなりそうな・・・
原文の文章は短めで独特のリズムというか乾いた調子があります。ブルーの自問自答の様子とか相手との対話の場面などにおいては、読んでいて思わずしらずその独特のリズムに乗せられている感覚があり、なるほど原文を読む面白さは有るのだなと思いました。初めにブルー。次にホワイトそしてブラックがいる。探偵ブルーはホワイトから依頼を受ける。ブラックをずっと見張り続けるように。書き物と散歩のみのブラックの毎日を、ブルーはアパートの窓越しに眺め続ける。さしずめこの小説は、ブラックを描写するブルーの描写だ。だがブルーに、描写という役割を与えたのはホワイトであり、そしてブラックだった。だがブルーの作成した無味乾燥な事実の羅列に、ブラックは自分の存在意義があると思う。
ブラックとホワイト、そしてブルーの存在と役割は、彼らの相互依存のみによって存立してる。しかもその依存関係が、堂々巡りの幻のようなものであることが、物語が進むうち、分かってくる。読者がそれに感づく頃に、彼らの存在は透明で抽象的なゴーストになってく。
作者は、ホイットマンとソローにも言及する。都会の外部即ち自然で暮らした偉人たちだ。ソローらは、ブルー達のような都会のーソナリティと対極にある象徴だろう。後半で作者は、最後ブルーはブラックをぶちのめして旅に出るとしておこうと書き、描写を留保する。一見解釈余地を多分に与えてくれるようだが、この作品の目論見は、解釈余地の深さを示すことでなく、存在の抽象性が引き起こす不安の表現にあるだろう。だからソローらの登場や、ブルーの最後の行為の仄めかしで、読者を救われた気分にさせようなどと作者は思ってない。『幽霊たち』の登場人物は抽象的ペルソナだろう。色で指し示されてるが、代名詞や代数で彼らを呼んでもよかろう。ブルーとブラックはxとyでもよかった。都会的パーソナリティの持ち主達は己の存在に意義を追い求めた。だが追い求めるほど存在は透明になり抽象化していった。郊外に解決を求めたが出口はない。存在なるものの根っこにはそもそも拭いがたい透明がある。己の存在を追い求める不気味な登場人物達以外にも、この存在の根源的透明という幽霊が、当作品に出没してる。大好きなポール・オースターの作品なんですが、この本だけは、何度も読まないと理解出来ませんでした。短い本なのに、どうしてなのか、自分なりに考えると、ただ難しく書いているだけだと気がつきました。

色彩の名前で話を書くのはいいけど、私としては普通の名前でしてほしかった・・・。

映画「スモーク」の中の話がありましたね。父親が山で遭難して、父親を探しに行くと、自分よりも年下になっていた・・・。

あの話は「幽霊たち」にあったんだと、嬉しかったです。一冊にするには短すぎるし、三部作で一冊として出ているのでこれだけを商品化するのには疑問をもつのですが、これは作品としてちょっとすばらしいと思います。

Thoreauに代表されるアメリカ文学の引用・解釈、Brooklyn Bridgeについての挿話など、どれもがとても効果的に配されていて、語は多いのに、無駄がありません。
アルプスのどこかで若くして凍死した父親と邂逅する挿話は素晴らしいイメージを描き出しています、思いがけず、自分自身とそっくりなものに出くわしてしまうというこの挿話は、ある種、Ghostsというこの作品全体を貫く印象的な残像を読み手の意識化に残すのです。

City of Glassは星二つだったのですが、明らかにそれよりいいので、星三つをつけます。
これでお値段がもっと読者にとって優しかったらな。。。
The New York Trilogyの第2作目で、3作中最も短いが、奥が深く解釈が難しい作品だ。

主人公のBlueは私立探偵で、Blackという男性の動向を観察するように依頼を受け、Blackが住んでいるアパートの正面の建物に部屋まで借りて24時間体制監視することになるが、殆ど事件らしいこともおきないままひたすら監視する状況が続くことになる。

実際にはありえない状況におかれたBlueの心理状況の描写を面白いと思うか、退屈と捉えるかは結構微妙。今まで読んだ著者の作品の中でどのようにランク付けにするか個人的には悩ましいところ。でも、初期のPaul Auterの代表作でもあるし、彼のファンなら読んでおくべき作品だと思います。



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<title>ヴェルレーヌ詩集 (新潮文庫)</title>
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<description>浪人してるときに読みました。
心がチクチク痛みました。

・一節一節は美しい響きを備えているものもあるのでしょう。
 ただ、節と節のつながりの希薄さが、ひとつの詩としての
 一体感を弱めている作品が...</description>
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浪人してるときに読みました。
心がチクチク痛みました。

・一節一節は美しい響きを備えているものもあるのでしょう。
 ただ、節と節のつながりの希薄さが、ひとつの詩としての
 一体感を弱めている作品が多いと感じます。

・ひとつの詩があたえる物語的なイメージというものが
 広がりにくい、固定的な印象をうけます。

・詩というものが、限られた人にしか読まれず
 限定的な地位しかあたえられていないのは、
 そのような、とっつきにくさのせいではないでしょうか。

・また、古典的な日本語の美しさというものも
 程度の問題であり、流れと響きを淀ませるほどに
 多用するべきものではないと感じます。
上田敏の名訳「秋の日の ヴィオロンの ため息の…」で有名なフランス象徴派の詩人ヴェルレーヌの詩集です。彼の詩は本当に美しくて、詩趣があって、愛する人にささげた詩などは、ため息がでるほどです。また堀口大学の名訳によって、原文の生き生きとした感じは失われていません。ヴェルレーヌ入門には手ごろな一冊です。
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<title>充たされざる者 (ハヤカワepi文庫 イ 1-5)</title>
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<description>主人公がある町にやってきて起こる出来事。
一見何の変哲も無いような小説に思えるが、読んでみるとこれがどうして・・・。
これでもかこれでもかと主人公の前に立ちはだかる不条理な出来事。
救われる結末なの...</description>
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主人公がある町にやってきて起こる出来事。
一見何の変哲も無いような小説に思えるが、読んでみるとこれがどうして・・・。
これでもかこれでもかと主人公の前に立ちはだかる不条理な出来事。
救われる結末なのか？いったい事態は好転するのか！？と思い始め、ページをめくるのがもどかしい。
「いったいどうなるんだ！」と叫び出したくなりながら、それでも本を投げ出さずに読んだ。
ハラハラする長い小説だが、私が読み終えた後発したのは「充たされなかった・・・」という言葉であった。
タイトルは小説を読んだ人も含まれるのか？
私自身も「充たされざる者」？と思い、つい笑ってしまった。
読後の「充たされない度」は満点である。挑戦するつもりで読むのがおすすめ。
パラドックスのようであるが、「読んだ！」という充実感とともに、カズオ・イシグロの小説に益々興味が湧いたのであった。読み進めているとドップリと作品世界に巻き込まれ、日常的な意識に霞がかかってくるような「危険な」作品だ。これこそ小説であり、大部の文庫本の半分も読んでくれば、それは心地よくなる。とは言え、作品世界は不条理の連続。しかも、主人公のピアニストは次々と現れてくる不条理をその都度肯定していく。また、主人公に関わる登場人物たちは、主人公の過去に関わったことのある人物たちであると、主人公は「思い出す」ようになる。それは欺かれているのか、幻想世界の錯覚なのか・・・・。過去にあらざる記憶。それは本来、矛盾なのだが、主人公は彼の周りに立ち現れてくる人びとによって、様々な期待をかけられることで、過去を想起し、彼らとの過去があったかもしれないという想念に落ち着き、彼らのために生きようとするのだ。
そう、この不可思議な世界、これこそ小説にしかなし得ない世界であり、しかもこれこそリアルな作品ともいうこともできるだろう。
松浦寿輝の『半島』にも、本作と似たようなテイストがあるが、主人公が右往左往しながら、それでも事態を肯定的に受け止めてしまうという究極の不条理（これこそ現代社会ではないか）の描写において、イシグロよりはロマンチックに過ぎる。つまり不徹底なのだ。
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<title>ナショナル・ストーリー・プロジェクト</title>
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<description> ポール・オースターという、今最も油の乗っているユダヤ人作家と、これまた絶好調の翻訳家柴田元幸という組み合わせがいい。翻訳が間違っている、という指摘もあるが、ほうっておけばいい。「翻訳は意訳に限る」...</description>
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 ポール・オースターという、今最も油の乗っているユダヤ人作家と、これまた絶好調の翻訳家柴田元幸という組み合わせがいい。翻訳が間違っている、という指摘もあるが、ほうっておけばいい。「翻訳は意訳に限る」というのが国際人･現代人の真骨頂なのだから。気になるなら、オースター自身の朗読もある原文を読めばいいのだから。それにしても、アメリカ人にはいろんな人間がいるもんだ。特に「物」という章には、非常な経験、ありえない偶然、というのがいろいろ語られていて興味が尽きない。本当に、実話か?と思わず言ってしまいたいような事ばかりだが、ここは書いた本人を信じよう。日本人とのエピソードも何編かある。やはり、この前の戦争がらみが多いが････それぞれのストーリーは共通のテーマに沿って分類、層立てされている。動物にまつわるものから始まり、家族、戦争、愛、そして死にまで至る内容は、それぞれのストーリーを仕上げた個人は別人ではあれ、人生において起こりうるであろう様々なイベントを追体験するかのように構成されている。 
その長さは見開きで2、4ページ分くらいのものがほとんど。まれに長いものもあれば1ページだけの短いものもある。美談の類の、いわゆる「良い話」もあれば、気まずい話題、惨めな話もある。喜劇もあればエッセイもあると、非常にバリエーションに飛んでいる。 
また、それはアメリカ人、その全体としての代表や政府機関としての声、精神ではなく、アメリカ人自身の声、精神としても受け取れるものなのかもしれない。そしてそれは、Web2.0的文化で解釈するならば、当人達は決してそれを意識しているわけではないのだろうけれども、アメリカ人、もしくはその精神性に対する自分探しと解釈できるのかもしれない。 

1冊で2通りの楽しみ方ができる非常に稀有な本と言える。すごく面白い話とそうでもなかった話と極端だった。ただ、短編集なので分厚い割にはすらすら読めたし、「次はどんな話だ？」なんて期待を持って読むことが出来た。不思議なことをよく経験する私としては、読んだ後の感想は「この世の中に絶対科学で証明できないことが存在する」という確信だった。アメリカの或るラジオ番組で、Ａ短い話Ｂそして本当にあった話･･･という条件に該当するものを募ったところ、たくさんの応募があった。その中から選りすぐりの１８０編を「動物」「夢」「家族」「戦争」「死」などにカテゴライズしたものが本書である。１ページや２ページで終わるものが大半なのだけれど、エリザベス・ギルバートやジュンパ・ラヒリの優れた短篇小説を読んだときのような至福の読後感が味わえるものが数多くあった。さりげないスケッチが微笑ましいものもある。また何度読み返しても信じられないようなすごい話が豊富で、まさに「事実は小説よりも奇なり」だ。５００ページを越える大書だが、軽量の工夫がされているようで意外に重たくないのもありがたかった。 「どうも肌合いが違うな…これなら2chの話をまとめた『思い出に残る食事』の方が100倍出来がいい」なんて思って読んでいるうちに「戦争」の章に集められた話には魅了された。 ストレートフラッシュ同志のポーカー勝負に勝ち仲間たちから8000ドルを巻き上げた兵士が、直後に日本軍の戦闘機に爆撃されて死んでしまうという話。志願制となった日本上陸作戦への参加をひとり隊でとりやめた兵士が、ハワイへ帰る途中、乗っていた輸送船が機雷で撃沈されて死んでしまうという話。16歳のドイツ少年兵が「朝から何も食べていない」と泣き出してオランダ人の主婦からポテトをもらう話。「『耐え難きを耐え』というヒロヒトのフレーズの主語は私たちだったのだ」と語り始める「1945年のクリスマス」。 ちなみに「『耐え難きを耐え』という…」の原文はHirohito meant us when he said, "We must bear the un bearable"。 少しずつ読んでいきたい。
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<item rdf:about="http://8bookshop.bestbook-shop.com/detail/18/4151200398.html">
<title>浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)</title>
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<description>カズオ・イシグロがどういう作家かを手っ取り早く知りたい人には、
本書と『日の名残り』をお勧めする。

イシグロが得意とするのは一人称による語りである。
一見、近代日文学得意の私小説の感を受けるのだが...</description>
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カズオ・イシグロがどういう作家かを手っ取り早く知りたい人には、
本書と『日の名残り』をお勧めする。

イシグロが得意とするのは一人称による語りである。
一見、近代日文学得意の私小説の感を受けるのだが、
作者はそこに一つの仕掛けをする。
この語り手、実は相当な曲者なのである。

視点人物が固定されているということは、
読者もまた、物語をその人物を通してしか
眺められないということを意味する。
彼が語る出来事は事実そのものではない。
彼が解釈した、言ってみれば歪められた事実なのである。

イシグロは主人公に私たちを同化させておいて、突然突き放す。
その時受ける衝撃は、現実崩壊の感覚とでも呼べばいいだろうか。
読者が憑依していた主人公の肉体から突如追い出され、
空中を浮遊する霊となって、彼の姿を目にするような感覚、
一瞬前まで現実と思って生きていた世界が、
実は夢であったと知らされるような衝撃を想像してほしい。
それを読者に感受させる、イシグロの手腕は見事というほかない。

カズオ・イシグロ。この端整な文章を紡ぐ作家は
実は、恐ろしい怪物なのである。カズオ・イシグロの物語に出てくるのは、何かしら傷を抱えた人たち。「時代のせい」と言い切ることもできるのに、そうはしない。過去を振り返り、見つめた上で、その傷を受け入れて生きていくことを決意した人たち。この作品にも、例によりそんな画家が出てくる。

初期の作品（らしい）ゆえ、最近の作に比べると、その「傷」が何だったのか明かされていく過程がそこまでドラマティックではないけれども、抑えめの文体が、非常に心地よかった。
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<item rdf:about="http://8bookshop.bestbook-shop.com/detail/19/4102109064.html">
<title>欲望という名の電車 (新潮文庫)</title>
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<dc:date>2008-11-20T07:45:46+09:00</dc:date>
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<description>Penguin版の原書を元に翻訳されています。
表現方法がやや古臭い感じがします。
時折はしょってある部分も見当たります。どういう意図で
省略したのかはわかりませんが、物語の筋には異変がないので
ま...</description>
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<![CDATA[
Penguin版の原書を元に翻訳されています。
表現方法がやや古臭い感じがします。
時折はしょってある部分も見当たります。どういう意図で
省略したのかはわかりませんが、物語の筋には異変がないので
まあいいでしょう。

この戯曲をうまく表現するのは非常に難しいとは思う。
心の闇の部分にも焦点をあわせなければいけないし。
妹を頼って現れたブランチはおとなしい雰囲気で登場するのだが、
妹のステラにあったとたん急にしゃべり始めるなど、結末への
伏線は見事に描かれている。
本作品をそのまま評価するのは難しいがT.ウィリアムズの作品を
知るにはちょうどいいと思います。読む前の予想と、ちょっと、違いました。
前半は、良かったけど、後半は、だんだんと、ねっ。
今でも、思い出すと、胸が、痛くなる。
うぅ〜ん、確かに、記憶に残る、残ってしまう作品です。

登場人物は、多くありません。舞台設定も、ぼろアパートの一室が、中心。
超大国・豊かなアメリカ―――国際社会では、そう捉えがちですが、
その内実、アメリカ国内では、貧や弱さが、存在します。
その中で、たくましく生きるもの者もあれば、そうでない者も・・・
この戯曲はアメリカを代表する劇作家のひとり、テネシー・ウィリアムズのもっとも有名な戯曲で、
アメリカやイギリスの有名俳優たちが代々ブランチとスタンリーを演じている。
どうしても映画のビビアン・リーとマーロン・ブランドのイメージが強いが
最近ではジェシカ・ラングが舞台で演じたブランチが評判だったらしい。

若さも経済的基盤も失い、孤立無援の立場に追い込まれながらも
南部の誇りと華やかな過去にすがりつく繊細な心の持ち主、ブランチ。
それに対して野卑だがタフで現実的な生命力の塊、スタンリー。
「ガラスの動物園」では、はかない夢に逃れようとする人間に対する同情的な視線があったが、
ここで描かれるブランチ対スタンリーのいは遥かに容赦がなく、ブランチは完膚なきまでに敗北する。
テネシー・ウィリアムズ自身、ブランチとスタンリーの両面を兼ね備えていたからこれほど迫真的な描写ができたのだろう。

デリケートで優しい心を持ちつつも、荒々しい現実に敗れ去り、ついには狂気に陥った
ブランチの姿は哀れを誘うが、最後の場面での彼女は不思議な威厳に満ちている。
舞台となったニューオーリンズのけだるい熱気がそのまま伝わってくるような名戯曲。繊細すぎるがゆえに過酷で野蛮な現実に決して対応できない、ブランチという女。富を失い若さや美貌を失い、彼女の周囲に組み立てられた楼閣は、がらがらと音を立てて崩れていく。
その現実に果敢に立ち向かうどころか、ますます自閉症気味に自分の夢のなかに閉じこもっていくだけの彼女。そしてついに悲惨なまでの自己崩壊が訪れる。
テネシーはフローベールのように、ブランチ、それはわたしだ、と言っただろうか？愛するフランクを喪ったあと、無残に崩壊していく自我を醒めた目で見つめるしかなかったテネシー。やはりブランチは、まぎれもない彼自身なのだ。この作品の魅力はなんといっても主役ブランチのすさまじいマイナス感情だろう．現実を受け入れず過去へ未来へ逃避しまくる．すぐばれるうそをついて何でもごまかす．絶望し，わがままを言い，激情にかられたかと思うととっぴょうしもなく明るくふるまう．このスーパーマイナス感情キャラクターが目の前に迫ってくるかのような小田島訳もすばらしい．そんなにも困った人のブランチだがラストは寂しく，切ない．希望はどこにもないが，人生という現実を受け入れて終わり，哀れみをさそう．
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<item rdf:about="http://8bookshop.bestbook-shop.com/detail/20/4102451102.html">
<title>トゥルー・ストーリーズ (新潮文庫 オ 9-10)</title>
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<description>「デジタル時計が１１：１１となる瞬間を見た。すげぇ偶然。」とか言う人がいるが、それ以外の時刻になる瞬間も記憶していないだけで何度となく見ているはずだから、奇妙な偶然として記憶に残るかどうかはその人の...</description>
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「デジタル時計が１１：１１となる瞬間を見た。すげぇ偶然。」とか言う人がいるが、それ以外の時刻になる瞬間も記憶していないだけで何度となく見ているはずだから、奇妙な偶然として記憶に残るかどうかはその人の価値基準に負うところもあるのだろう。
本書を「嘘のような本当の話」として楽しみつつ、オースターがどういった事柄を強く記憶し物語としてどう受け止める作家なのか考えながら読んだ。今度オースターの小説を読む時に本人の顔が浮かんできそうだけれど、きっと読み始めたら物語にどっぷりはまって、彼のその日暮しのことなんて忘れてしまうに違いない。
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